肩を怒らせ、早足で廊下を歩く。兵卒達が私の姿を見て怯えた様に去って行くが構いやしない。
軍帽を脱ぎ、木製の重厚な扉を三回叩く。苛立ち混じりのそれは思ったより大きく響いた。

「入れ」
「失礼致します!」

言い終わらぬ内に扉を開け放ち、敬礼もそこそこに部屋へ踏み込む。国王の執務室という事もあり、調度品等にも気が配られているこの部屋。ブーツの踵が大理石を酷く打ち鳴らすが、部屋の主はそれを気に掛けることもない。

「陛下! 御話が御座います」

楢材の見るからに高級そうな両袖机、その大きな天板には書類や資料が積まれている。部屋の主は、革張りの椅子に掛け足を組んで資料を読んでいた。
跡部景吾。若くして氷帝王国の君主となった御人。又、王で有りながらも大元帥として軍の最高位に君臨している。誰よりも民の事を思い決して才に溺れず努力を惜しまぬその姿に、三十代手前となった現在でも衰える事を知らぬ容姿の端麗さは国民の心を掴んで離さない。らしい。

大尉か、話と云うのは?」
「はい。私を軍から…除隊する、と聞きましたが」
「そうだ」
「っ、如何云う…事だ」

詰め寄れども何時も通りの傲岸な態度は変わらず。多少たじろぎながらも聞き返す。
行き成りの事だった。上官から通達され、締め上…問い質してみれば直々の命だと云う。丸眼鏡を掛けたその上官は士官学校で私の同級だった者だ。そして、景吾陛下も。彼に関しては旧知の仲、と云うより寧ろ幼馴染の方が正しいか。
兎に角、それがつい先程の出来事で。丁度時間が空いている、話があるなら今直ぐ来い…と陛下に伝えられ、こうしてやって来た、と云う訳だ。
資料を卓上に投げ、漸くこちらに向き直った彼。金糸の様な髪がさらりと溢れた。

「其の儘の意味だ。男は戦場に赴くが、女は男に仕え家庭を守って居れば良い」
「馬鹿らしい。詰り、女性であるから除隊する、と?」
「嗚呼。手前だって何時までも大尉に据え置かれて居る意味、解らぬ訳でも無いだろう」

ぎり、と歯が鳴る。握った拳に関節が白く浮く。
何を今更云っているのだろう。士官学校に入学した時、否その前から私の意思は固まっていた。入軍し御國の為に尽力するのが夢だと云う事は景吾だって知っている筈だ。
それを諦めて嫁に行けと云うのか。巫山戯るなと怒鳴りたくなるのを精一杯我慢する。

も良い機会だろう。そろそろ縁談の一つや二つでも…」
「景吾、私は軍人だ。御國の為に戦うべく入軍した者だ。其処に、男だの女だの…性別等、関係無いだろう」

言葉を遮れば、長い睫毛に彩られた目が細められる。緩慢な動作で椅子から立ち上がる彼は宛ら今まで眠っていた獅子の様で、だとすれば私は睡眠を妨げた罰で喰われて仕舞うのだろうか。

「ほう」

景吾が唇を歪めて息を吐く。整いすぎる程整ったその容貌が、表情が無いと此処迄怖い物だとは思わなかった。
ぐい、と行き成り腕を引かれ。均衡を崩した私は、咄嗟に机へ手を付く。

「っな、にを」

するんだ、と。開いた口はしかし、其の続きを零す事は無く。
それは鼻先が触れる程間近に、景吾の顔があったから。
亜麻色の艶やかな髪が私の肌を擽る。気高さの現れた美貌は、見慣れていてもこう近いと心臓に悪い。
多少なりとも動揺した私とは違い彼は全く何も感じていないかの様で。それが悔しい。

「なら、こうされても同じ事が云えるのか?」

囁く声は何の感情も含んで居ないかの様で。彼の蒼く輝く視線はまるで氷の如く。
冷徹さに怯んで仕舞いそうになるが、何とか堪えて瞳を見詰め返す。

「勿論です。私の仕えるべき主は、顔も知れぬ夫では無く――貴方なのですから、跡部景吾陛下」

唇が触れ合いそうになれど、臆さず言葉を発する。
覚悟を伝えるように、伝わるように。確りと。

「……フン、要らぬ心配をした様だな。可愛気の無え女だぜ」
「何を今更。其れに心配とは、」
「何でも無えよ」

腕を離され、再び姿勢を正した。椅子に座り直した彼は、普段通りの景吾に戻っている。
疑問は流されてしまったが、まあ気にしない事にするか。

大尉が其処迄云うのなら――俺様の為に働いて貰おうか」
「王よ、仰せの儘に」

戯れ染みた応酬が心地良い。
にやりと笑みを作る景吾に、私も口角を上げて応えた。


Written by ルイ
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