...and they lived happily ever after.


 エルサはひとり、やけに真剣な顔をして手にした書類を眺めていた。いつも通り公務に勤しんでいるのかと思いきや、彼女が読んでいるのは調度品やその他王家御用達の品々が並ぶのカタログではないか。
 先日の結婚に伴い、彼女はなまえと共に両親が生前使っていた王の寝室に移る事になった。そこで古くなっていた一部の物を、思い切って買い替える事にしたのだ。紙面に並んだ見本はどれもきらびやかで、あれもこれもとつい目移りしてしまう。例えば……この棚のある部屋での彼との生活はどんなものなのかしら、と想像する事は公務に追われる彼女にとって安らぎの一時だった。

 そんな中、エルサはひとつのページで目が止まった。衣類のページに移行して最初にあったそれは、男女で揃いのナイトガウンだった。どちらにもアレンデール自慢の刺繍が織り込んであり、男性用の深い色合いはなまえの瞳によく映えるだろう。女性用の方も白を基調にした物で、アクセントで散りばめられた赤い模様が雪原に落ちたヒイラギの実のようで可愛らしかった。

 元々エルサは〝お揃い〟という物にある種の憧れを抱いていた。きょうだいをもつ者なら誰もが嫌と言う程体験するのがお揃いだが、エルサにはそれがなかったからだ。妹の燃えるような髪と愛らしいそばかすには緑やはっきりとした色が似合い、エルサ自身の透き通るような肌とプラチナブロンドには薄い色がよく馴染んだし、何より姉妹は長い間すれ違っていたのだから仕方ない事だった。

 このガウンは絶対に買おう。エルサはそう心に決めてカタログを閉じた。そろそろ公務に戻らなければならない。時計を見ると、自分で決めた休憩時間はとうに過ぎていたのだった。

*****

 それから何時間も経って、エルサは再び顔を上げた。先の休憩から細々とした書類に目を通して、予定していた他国からの訪問をこなして、また書斎に戻って今に至る。ここ半時ほど彼女を悩ませているのは異国からの手紙だった。馬車で北へ2日で到着してしまう程近くにあるその国は、近隣国故に公用語は同じなのだが細かい所で独自の表現を使い、彼女を混乱させるのだ。
 エルサが頭を抱えていると、書斎の扉が静かに開き甘い匂いが漂い入ってきた。不思議に思って顔を上げる。するとそこには両手にカップを持ったなまえがいたのだった。

「そろそろ疲れた頃なんじゃないかと思ってな」

 そう言って彼はカップをひとつ、エルサの前に置いた。金色の模様が入った水色のカップの中でホットココアが湯気を立てている。甘い香りの正体はこれだったのかとエルサは内心うなずいた。

「ありがとう、ぴったりのタイミングよ」

 夫の気遣いに嬉しくなりながらも、カップを見てエルサは首を傾げる。綺麗な物ではあるが、彼女が会食以外で使っているお気に入りではなかったのだ。
 いつまで経っても口を付けない妻の様子を見て察したのか、なまえは口を開いた。

「町に出たら売っていたんだ。綺麗だったから買ってしまった。……嫌、だったか?」

 そういう事だったのね。とエルサは納得し、改めてカップを眺めた。なるほど、確かに綺麗だ。カップの縁に口を付けて一口飲む。仄かな甘みと暖かさが彼女の胸辺りまで下がって、思わず安堵の息が漏れた。

「いいえ、とても綺麗だったから」

 一方、そんな彼女を見てなまえはこっそり胸を撫で下ろしていた。実を言うと今朝、彼が新人のメイドに声をかけた拍子に、驚いたメイドがエルサのカップを割ってしまったのだ。狼狽えるメイドの手前、彼は「俺がなんとかしよう」としか言えなかった。そんな様子を悟られずになまえはエルサの向かいに座って、もうひとつのカップに口を付ける。中身はもちろん同じホットココアだった。

「今日の仕事はどうだ?」
「悪くないわ。あなたの方は?」
「ああ、丁度夕食のメニューを決めてきた所だ。今夜はサーモンで構わないか?」
「サーモン大好きよ」

 直系の女王であるエルサと違って、婿として王家に入ったなまえが主要な公務をこなす事はない。その代わり彼は城の小事――食事の指示や兵士の監査など――を任されていた。

 こうして何気ない会話を続けていく内に、エルサの目線がふと向かいのカップにぶつかった。銀色の模様に彼の髪と同じ真っ黒なそれは色こそ違えど、彼女が今手にしている物と同じだ。

「あら? あなたも同じ物を買ったのね」

 城に住み始めて間もないなまえは、今まで来客用のきらびやかだけれどどこか素っ気ないカップを使っていた。その事は知っていたが、彼専用の物を用意しようと言うところまで気が回らなかったのもまた事実だ。
 カップについて指摘されるとなまえは一瞬だけ目を丸くした後、すぐに眉間に皺を寄せて空いている方の手を髪の中に突っ込んだ。

「揃いで見かけた物だからつい、な。すまない、先に許可を取るべきだった」

 手を髪に埋めたままガシガシと掻き回す所為で彼の耳は見えたり隠れたりしている。その双方は案の定真っ赤に染まっていて、エルサは「相変わらずね」と笑みを漏らした。

「お願い、謝らないで。……ねえ、こっちへ来てくれる?」

 促されるままなまえは椅子を持って回り込んだ。自身の隣に彼が収まったところで、エルサは机上の資料の中から例のカタログを引っ張りだす。

「2人の部屋に必要な物を見繕っていたの。そしたら、これを見付けて……」

 そしてパラパラとめくると、今朝見ていたページを探し出した。そこに描かれていた揃いのナイトガウンは相変わらず、ため息が出てしまう程美しい。

「私たち同じ事を考えていたみたい」

 これどうかしら? とエルサは続ける。なまえは珍しく、誰にでも分かるくらい柔らかな表情を浮かべて「綺麗だ」と答えた。反対されなかったとエルサが安堵の息を吐いたのと同時に、彼はそっと彼女の肩を抱き寄せる。エルサは頬に当たる彼の髪がくすぐったく感じながらも、彼の肩に頭を乗せた。

「どうしたの?」
「いや、」

 幸せだな、と思って。となまえは呟くように続ける。たった一言に込められた意味が彼にとってどれ程大きな意味を為すか悟って、エルサは再び口を開いた。

「……えぇ、そうね」

 そしてどちらともなく目をつぶる。触れ合う肩から感じる互いの体温が何よりも2人の心を暖かくした。
 2つのマグカップからは相変わらず甘い香りが漂い、遠くの方では城の喧騒や鳥の鳴き声が響いている。けれど書斎にはエルサとなまえだけで、他に2人の邪魔をするものは何もなかった。







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