ネックスレスの似合う細い首


 俺が初めて彼女と出会ったのは、幸村部長が入院している総合病院の廊下だった。やっべ、超好みの子がいると思って見惚れて、しかも同じ学校の制服を着ていると言う事で更に興奮した。彼女はきょろきょろと少し困っているように辺りを見回して、同じ制服の俺を見付けてほっとしたように駆け寄ってくる。うわヤバいこっち来るよ! と考え終える頃には、彼女は目の前で俺を見上げていた。

「えっと、立海大ですよね……?」
「は、はい、そーッス!」
「良かったぁ! あの、受付ってどこにあるのか知りません?」

 俺は本当は部長の見舞い帰りで、受付とは真逆の正面玄関に向かおうとしてたんだけど、

「あ、それなら俺も近くの売店に用があるんで、良ければ一緒に行くッスよ!」
「本当? 助かります」

 少しでも彼女の事が知りたくて、嘘を吐いた。

*****

 次に彼女に遇ったのは、立海大の校舎の中だった。音楽室に入ろうとしたら、直前のクラスに彼女がいたのだ。

「みょうじ先輩!」
「あ、切原くんだ。この間はありがとう、本当に助かっちゃった」

 この間聞いた話に寄ると、彼女……先輩はみょうじなまえと言う名前で、ひとつ上の学年らしい。

「お易い御用ッスよ!」
「ふふ、頼りになるのね」

 そう微笑む姿もマジ可愛くて、俺はもう完全に彼女に惚れてしまっていた。

 どうにかして接点を作ろうと、俺は偶然を装って何度も三年生の廊下を通った。(何回か真田副部長に見付かりそうになった。)先輩のクラスの音楽は毎回俺のクラスの前にあるらしく、音楽がある火曜日がスゲェ待ち遠しくなったり。(朝練でブン太先輩に気持ち悪がられた。)でもその度になまえ先輩(と、こっそり下の名前で呼んでいるのは秘密だ)とちゃんと会えて、短いながらも話をして。
 上手くいっていると、そう思っていたんだけど。

*****

 その日は月曜日で、丁度また幸村部長の見舞いに行く日だった。部長の見舞いはレギュラー内で順番に行くことになっていて、一ヶ月ぶり位に俺の当番が回って来たのだ。
 病院に着く前に近くのデパートに寄る。部活動で空かした腹をまずは満たしたかった。
 すると何と言う事だろうか、寄った先のデパートになまえ先輩がいたのだ! ヤッベェ俺って超ラッキー! ってかこれってもうむしろ運命じゃね? と思いながら先輩に近付いて行く。先輩はアクセサリーコーナーで何やら真剣な顔つきだった。

「なまえ先輩!」
「え?……って、切原くんじゃない! ちょうど良かった、これ、どっちが良いと思う?」

 なまえ先輩の両手にひとつずつ握られていたのは、男物のシルバーネックレスだった。細身のそれらはユニセックスとも取れるかもしれないけど、やっぱり先輩の綺麗な首にはゴツ過ぎると思う。

「先輩、それ男モンっすよ?」
「あー、うん。えっと、プレゼント、だから……」

 そう言った先輩は赤面こそしなかったけれど、潤んだ瞳とはにかむ笑顔は正に〝恋する乙女〟って感じで。俺は、こんな先輩見た事がなかった。

「……そういうのって好みッスから。俺、そいつの事知らないし」
「そっか……。あ、でも男の子同士だし、」
「知らないっつってんだろ!!」
「え、あ、切原くん!?」

 気が付けば俺は走ってその場を逃げ出していた。

 デパートの端から端まで逃げて、傍にいた警備の人に注意されて我に帰る。先輩は追って来なかった。……当然か。ってか俺先輩に怒鳴っちまったよ、最低だ。

「……嫌われたな」

 自己嫌悪に浸りながらデパートを出る。空腹はどこかに行ってしまった。
 今はさっさと見舞いを済ませて、家に帰りたかった。

*****

 病院の消毒液の臭いに戸惑いながらも部長の部屋に向かう。何度来ても慣れる事は無かった。

 病室の前に着くと、いつもは広く開けられている扉が今日は半分閉じられていた。それが疑問として頭の片隅に引っかかりながらも、俺は扉に手をかける。すると開ける前に隙間から見えたのは、楽しそうに喋る幸村部長と……なまえ、先輩、だった。
 部長の細い首筋にはさっきのネックレスが光っている。俺には似合うはずも無い、繊細なネックレスだ。

「これ、本当にありがとう、なまえ」
「ううん、精市くんもうすぐ手術だから、お守り」

 仲良さげに名前を呼び合う二人の間柄は誰が見ても明らかで。あーもうくそ、なんでよりによって今日なんだよ……!

 二人をこれ以上見たくなくて、俺の知らない恋するなまえ先輩を見たくなくて、俺は見舞いなんてそっちのけで病院を飛び出した。あの二人の中に入って行くくらいなら、明日副部長に殴られる方がまだマシだ。

 嫌われたかもしれないと言う不安と、男が居るなら奪えば良いと一瞬でも思った傲慢さと、幸村部長になんて勝てる訳がないという絶望と、それでもやっぱりなまえ先輩が好きだと言う悔しさが入り交じって、気持ち悪くなってきた。
 二人の姿を見て尚、明日の音楽の前にちゃんと先輩に謝れる程の勇気が、俺にはあるだろうか。







お題はコチラからお借りしました。→ afaik

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