僕たち色々ありましたね

- 恥らいの小中学編 -


 最初はただ、かわいいと思ったんだ。
 小学生の時に出雲から転校してきたアイツは極度の恥ずかしがり屋で、自己紹介も満足にできないやつだった。見かねた先生が微笑まし気に代弁するくらいには。

「あの、えっと、あのっ!」
「緊張しているのね。出雲から転校してきた玉村たまおちゃんです。みんな、仲良くしてあげてね」

 先生の言葉にクラス全員が一斉に返事をする中、俺はちょっとだけ照れ臭かったのを覚えている。
 転校生は誰が話しかけてもあたふたするばかりで。なのにテストは満点、家庭科も得意で、図工ではよく分からない鳥居のような物を作って先生に褒められて、その上かけっこも俺より早かった。
 全部卒なくこなすくせにオドオドしていて、いつも顔を真っ赤にしている。絶対に上を見ないから、話しかけても目線が合わない。イライラした。そんで気が付いたらスカートをめくって、泣かせていた。

「みょうじくんサイテー! 玉村さん泣いてるじゃない!」

 気の強い女子に囲まれて、その奥で涙を浮かべながら「い、いいの! 私は大丈夫だから」なんて蚊の鳴くような声で言うアイツは、やっぱりこっちを見る事がない。責められている事もあって余計にイライラして、謝ろうと思っていたのに口は全然別の言葉をしゃべっていた。

「う、うるせー! たまたまが泣くじゃねーよ!」

 咄嗟に出た言葉はアイツの名前をただ短くしただけだったけれど、反応したのは本人でも周りの女子でもなく教室中にいる男子だった。あの頃はなんでもない言葉を拾っては卑猥なものに繋げていたので、ちょうどよかったのだ。

「とか言ってみょうじ、本当は転校生の事が好きなんじゃねーの?」

 と言ったのは誰だったのだろうか。男子の声だったのは確かだ。当たらずとも遠からずのからかいは俺を更にテンパらせた。

「ち、ち、ち、ちげーよ! 誰がっ、こんな泣き虫っ!」

 真っ赤になりつつ否定すれば、周りはさらに面白がって「かったおっもい! かったおっもい!」と連呼しながら手を叩く。クラスの男子から送られるからかいの眼差しにどうしようもなくなって、俺は捨て身の思いで「たまたまブラーンブラーン!」と自作の歌とも言えない何かをうたい、アイツを更に泣かせてしまった。

 その後先生に怒られるという正式な儀式もあり、その日から俺――みょうじなまえが、アイツ――玉村たまおを虐めるという図式が完全に成立してしまったのだった。

*****

 あれから5年……。
 俺はエスカレーター式に森羅学園中等部に上がっていたが、相も変わらず小学生の時のようにお調子者だった。
 そして中学3年生に進級した春、俺は玉村と実に5年ぶりに同じクラスに振り分けられる。忘れていた小学生時代の記憶が一気に甦り、ついでにあの頃より大人びて可愛くなった玉村に意味もなくドキドキした。俺と違うクラスになってからかわれなくなったアイツは余裕が出てきて、後輩の女子に「たまおお姉様」なんて呼ばれているらしい。
 なんとか俺の事を思い出して欲しくて、気が付いたらまた玉村のスカートをめくっていた。

「きゃあ!?」
「よっ、久しぶりだな。たまたま!」

 流石に15にもなって女子のスカートをめくる日が来るとは自分でも思わず、俺は内心自分の性格を呪った。けれど時既に遅し。玉村は泣きはしなかったけれど顔を真っ赤にして、スカートを抑えて俯いていた。

「みょうじくん……!」
「ちょっとみょうじ! アンタまだこんな馬鹿な事してるの!?」

 女子がひとり、玉村を庇うように立ちふさがる。俺が初めて玉村のスカートをめくった時もこいつに非難されて、結局こいつとは毎年同じクラスだ。

「んだよ、懐かしがってただけだろ? 1年間よろしくなー!」

 スカートをめくったのはさすがにこれが最後だったけれど、それからもずっと玉村の事は卑猥なあだ名で呼び続けた。

*****

 3年生のメインと言えば待ちに待った修学旅行だったが、玉村は不参加だった。なんでも、家を空けられない事情があったらしい。最初にそれを聞いた時は大して何も感じなかったけれど、京都についてから思っていたよりも落ち込んでいる自分に気が付いた。どこか古風な雰囲気があるアイツの事だから浴衣や寺が似合うのだろうと考えては、何を馬鹿な事をと頭からビジョンを振り落とす。けれど結局、鹿に尻を噛まれながら入った土産物屋で、家族の人数よりもひとつ多くキーホルダーを買ってしまった。

 そして東京に帰って来て最初の登校日、クラスのみんながいなくなるタイミングを見計らって俺はアイツに声をかけた。

「おい、たまたま!」

 ビクリと大袈裟なくらい飛び上がり、玉村は恐る恐る振り返る。俺はそんなアイツの手にキーホルダーを押し付けた。奈良と書かれた鹿の着ぐるみを着る猫のキャラクターのキーホルダーを摘んで、玉村は目を丸くする。

「やるよ」
「これ、修学旅行の……?」
「か、勘違いすんなよな! お前が休んだから、可愛そうだって思っただけなんだからな!」
「……ありがとう」

 蚊の泣くような声と初めて向けられた笑顔に耐えられなくて、俺はその日家まで全速力で走って帰った。

*****

 それからも玉村をからかう日々が続いて、遂に中学も卒業した春休みの頃。
 高校もエスカレーター式で大安泰だった俺は、偶然町中で玉村に出会ったのだ。しかも玉村は小さな男の子を連れていた。俺にとっては衝撃的な出来事だ。

 え、子供……誰の? こいつの!?

 今思えばクラスメートの玉村に妊娠する機会なんてなかった事は明白なのだが、その時の俺は完全に混乱していた。なんて言ったって、ずっと気になっていた女子がいつの間にか母親になった(と勘違いした)のだ。慌てすぎて訳が分からなくなり、気が付いたら俺の方をやたらと睨んでくる幼児に向かって話しかけていた。

「よ、よおホウズ、元気か? なんだよたまたま、お前ヤンママかよ、不良かよー!」
「え、ち、違っ……!」
「知ってたかホウズ、こいつの学校でのあだ名はたまた「やめてッ!!」

 通中に響くような大声だった。こんなに大きな玉村の声は初めて聞いたから、びっくりした。俯くアイツの顔は髪に隠れてよく見えない。気のせいかもしれないが、どこかでブチッという音を聞いた気がした。

「どうしていつも意地悪するの……そんなに私の事が嫌い?」

 玉村の声が震えている。また泣かせてしまったのかと血の気が引いた。
 けれど顔を上げた玉村は泣いている訳でなく、見た事もない程怖い顔をしていたのだ。「花組だってそう」とか「みんな言う事聞いてくれない」だとかよく分からない事をブツブツと言う姿に、今度は違う意味で血の気が引いた。

「そうよ……悪い子には、お仕置きをしないといけないわよね? 花ちゃんの教育にも悪いし」

 玉村が……玉村がキレた……!
 俺はその日、気が付いた時には道端に倒れていた。何が起こったのか、思い出そうとすると今でも身体が震えて思い出せない。

 この日以降、アイツの性格はがらりと変わった。泣き虫で引っ込み思案な玉村はいなくなり、4月から始まった高校生活でも「怖い顔で睨んでくる」とクラスメートに嫌煙されるようになる。同時に、夜な夜な真剣を持って非行に走っているという噂も聞いた。
 俺はと言えばあの日以来玉村を怖がって、違うクラスになったのを良い事になるべく見つからないようこそこそと生活し始めたのだった。







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