Long Time No Seeeeee☆


『テニスのW杯やるらしいから、ちょっくらオーストラリア行ってくるわ。その前に何日か帰れるし、いちゃいちゃしよな☆』

 文末にキス顔の絵文字をつけて愛しの恋人に送信したのがちょうど2週間前のこと。
 久しぶりに京都の実家へ帰ってきた修二は早速有言実行だとでも言わんばかりに、カバンを部屋に放るなり再び靴に足を差し入れた。母親が靴紐結ぶ修二の背中に、どこへ行くのかと問いかける。

「愛しの彼女様のとこや」

 肩越しに答える。母親相手だからと言って彼女の存在を隠す気も、恥ずかしがるような気持ちもない。靴紐がしっかり結ばれている事を確認して、修二は軽やかに玄関の扉を開けた。頭の中ではすでに、数ヶ月ぶりに再会する彼女の笑顔や、二人で過ごす時間のことでいっぱいだった。今日は週末だし、時間を気にせず一緒にいられるはずだ。

と、思っていたのだが……。

 意気揚々と彼女の家に向かった修二を待っていたのは、呆気に取られるなまえの姿と「え、今日だっけ!?」という一言だった。途端、あれだけ浮かれていた気持ちが修二の中で萎んでいく。

「なんやあ、楽しみにしてたのは俺だけだったん?」
「え、そんな事ないよ! けど……」
「けど?」
「最近ちょっと忙しくて、日付の間隔無くなってた。ごめんね」

 申し訳なさそうに眉尻を下げられてしまえば、「今日はあまり相手できないかも」と続けられても、残念だけれど怒る気にはなれない。

「……一緒の部屋にいるだけでもアカン?」
「うちに誰もいないし、それは大丈夫」
「ほな、今日はおうちデートしよ」

 本当に日を改めなくて良いのかとでも良いたげな視線をかわし、修二はなまえの背中を押して家へと入る。なまえの自室に案内されると、部屋の真ん中に位置する背の低い机にはたくさんの書類が散らばっていた。
 こんなにたくさん、宿題出されとったっけ? なんて思いながら、促されるままベッドに背を預けて床に座る。なまえは机を挟んで向かいに座ると、そのまま書類と睨めっこを始めた。

 そして、どれくらいの時間が経っただろうか。
 最初はなまえの真剣な表情を見るだけでも楽しかったが、そんな気持ちは5分過ぎたところで綺麗に消えてしまった。なんだかんだ用事をさっさと終わらせて相手をしてくれるだろうという修二の予測は見事に外れ、なまえは一向に顔を上げない。

 流石につまらんくなってきたなー。
 なんて思いながら、修二は音もなく腰を上げる。四つん這いの姿勢で机の周りをぐるりと半周し、なまえの隣に移動した。隣に座ってみる。特に反応はない。
 さらりと一房、なまえの髪の毛が重力に従った。下を向いているなまえの首筋が現れる。雪のように白い肌が目に入ったら、修二の中の悪戯心がむくむくと顔を出した。

 まずはもたれかかってみる。――反応なし。
 肩に手を回した。――少しだけ、なまえの身体に力が入る。
 ちらちらと覗いている首にキスをする。ちゅ、ちゅ、と音を立てて何度か触れ

「もー、何!?」

……何度か触れると、なまえはようやく顔を上げ修二を睨みつけた。意識を向けられたことに気を良くした修二は、肩に回していた手を腰まで下ろしなまえに抱きつく。

「つまらん~!」
「だから、今日は相手できないよって最初に言ったじゃん」
「せやから勝手に楽しませてもろてますやん」
「集中できなくなる!」
「でも、元々の約束は今日で、勘違いしたのはなまえやし」

 うっ、となまえはあからさまに言葉に詰まった。修二はなまえの髪の毛に顔を埋める。今ならよく分からん作業より自分を優先してくれる隙が作れそうだ。

「ていうか、さっきから何やっとるん? そないにたくさん宿題あったっけ?」
「これは宿題であり、宿題じゃないというか……」
「どういうこっちゃ」

 机の上に散らばっているのは主要教科の問題集と、英語や日本語で書かれた書類がいくつか。視線だけで説明を促すと、なまえはしばらく目線を泳がせた後もごもごとはっきりしない調子で口を開いた。

「冬休みの宿題、先生に範囲教えてもらったの。それと、こっちはパスポート申請書類。平日は旅費稼ぐためにバイト増やしたから、時間なくて。……修二くんの応援、行きたかったから、オーストラリア」

 これ以上遠距離になるの嫌とか、なんかそういうの恥ずかしいじゃん。必死みたいで。
と続ける頃にはなまえは耳まで真っ赤にして俯いていた。

「なまえ……!」
「ていうか、修二くんのクラスも宿題同じだと思うし、一緒にやらない? ワールドカップ始まったら私より忙しいでしょ?」
「やる。俺も頑張るで!」

 感動しやる気を燃やす修二の様子に、なまえは安心して微笑む。けれどそれも束の間、なまえの表情はすぐに呆れに変わった。言葉とは裏腹に修二が動く様子もなく、その上彼の右手はなまえの服の裾に差し込まれていたからだ。

「……この腕はなんなのかな?」
「だって〜パスポートの手続きなら手伝えるし、宿題は後でもできるやん。まずは会えなかった時間を埋めよや☆」

 非難の視線を浴びせられても修二は悪びれることはなく、右手はなまえの腹を撫で続けている。なまえの両手が修二の右手を捕まえたけれど、その手を逆に捕まえ返してしまうのは簡単なことだった。修二の手は大きく、片手だけでなまえの両手はたやすく拘束されてしまう。その隙に左手も服の裾に差し込んで、ブラの上から緩く胸に触れた。耳の後ろに何度かキスをしていたら、ふとなまえの身体から力が抜ける。

「……仕方ないなぁ」

 わざとらしいため息が聞こえたけれど、そんなものが言い訳にしか聞こえないくらいなまえの吐息も濡れていた。こうなってしまえば、もう修二を阻止するものは何もない。

「会いたかったで、なまえ」
「私も」

 まずはたくさん愛し合って、互いに満足したら宿題の範囲を聞こう。そんで家までノートを取りに行って、今夜はお泊りもええな。そんで明日はなまえのパスポート写真を撮りに行くついでにデートもしよ。
 そんな事を考えながら、修二はなまえを押し倒し、髪を撫でたのだった。







押して頂けると励みになります。無記名一言感想大歓迎です!