いたいのいたいのとんでいけ
「カラスが鳴いたらかえりましょーって話やな」
四天宝寺中正門の前でなまえは一人呟いた。言葉の通りなまえは通学鞄を両手に下げ、カラスが数羽飛ぶ夕暮れの中に佇んでいる。一足先にマネージャー業を終えた彼女は、ここでテニス部の皆が着替えて出て来るのを待っているのだ。
「なまえーーーーーーーっ!!」
聞き慣れた中でも一番元気な声がなまえの名を呼んだ。その持ち主は彼女の予想通り金太郎で、全速力で彼女の元まで走って来る。どこにそんな体力が残っているのかとなまえは疑問に思った。
「今日も金ちゃんが一番乗りやね」
「おん!」
こうして二人並んで、何人かが揃うまで他愛の無い話をする。それが二人の日課だった。
「そんでなぁ、自棄パフェしようと思うたら、ワイ32円しか持っとらんかってん」
「ぶはっ! 金ちゃんそれじゃあ何も買えへんって話やで」
「5円チョコなら8個も買えるで!」
「5円チョコは6個で30円や」
「そやったっけ? ワイ数学苦手やねん」
「それは最早算数やで……」
二人で同時に噴き出し、腹を抱えて笑う。不思議と毎日話題は尽きなかった。
「分かった。今度自棄パフェする時はこのなまえさんを呼び! おごったるわ」
「ホンマに!?」
「ホンマに。おねーさんに二言はあらへん」
「そやったら、ゆびき「おーい、なまえーー! 金ちゃーーーん!!」
「あ、やーっと来よった。遅いで謙也!」
少し離れた所から謙也が二人を呼びかける。彼に遮られた金太郎の声は、きっと聞こえていた無かったのだろう。なまえは小走りで謙也に近寄った。
中途半端に伸ばされた金太郎の小指が、所在無さげに空中をうろうろする。少しだけその指を見つめたあと、金太郎は頬をかいて手を下ろした。少し物足りないけど、約束はしたので大丈夫だろうと思う。
「全く、浪速のスピードスターが聞いて呆れるって話やで」
「なんやと!? なまえこそちゃんとマネージャーの仕事は終わらせたんかっちゅー話やわ!」
「当たり前田のクラッカーや!」
「古いねんそれ!」
そのまま謙也となまえは並んで正門をくぐる。会話に少し荒々しさが目立つが、自然と繋がれた手が二人の仲の良さを何よりも表していた。
謙也のすぐ後ろに着いていた蔵ノ介が金太郎に追いつく。いつもはそのまま誰かに引っ付いて下校する金太郎が、白石にはなんだか元気が無い様に見えた。
「どうしたんや金ちゃん、帰らへんのか?」
「……あんなぁ白石、ワイ、なんだかおかしいねん」
「なんや金ちゃん、腹空き過ぎて動けんくなったか?」
金太郎は大きく首を左右に振る。右手は胸元に置き、ヒョウ柄のランニングを皺が出来る程握りしめていた。
「なまえと一緒におるとめっちゃ楽しい。謙也とおる時もや。でもな……2人が一緒におるの見ると、この辺がぎゅーって痛なんねん」
白石、ワイ病気なんやろか。
そう続ける金太郎の瞳は、ずっとなまえに向けられていて。まだまだ子供だと思っていた後輩の切ない表情に、蔵ノ助は戸惑いを隠すだけで必死だった。
アカン金ちゃん、それは、アカンやつや。
自分の気持ちにつける名前もまだ知らない彼に、初めから終わりが決まっている恋は荷が重すぎる。蔵ノ助は出来る限り慎重に考えて、そして金太郎に目線を合わせて言った。
「……そうやな。金ちゃんは病気や」
「ホンマに!? 白石、ワイ死んでまうんか?」
ワイまだ死にとうない! と大げさに騒ぐ金太郎はまた普段と変わらず、それに酷く安心している自分が居た。大丈夫だ、この子はまだ深いところまで嵌ってはいない。
「死にはせん、風邪みたいなもんや。ワイが魔法の呪文を唱えたる。いくでー……」
いたいのいたいの、オサムちゃんに飛んでけー
蔵ノ助はそっと金太郎の右手を解いて、それから頭をポンポンと撫でてやった。
「これで大丈夫や。あとはまた痛なっても、気のせいや、って自分に言い聞かせるんや。そしたらその内治るで」
「ホンマにホンマ?」
「ホンマにホンマや。ほな金ちゃん、たこ焼き食べに行こか。今日は俺がおごったる」
「ホンマに!? おおきに白石」
「金ちゃんさっきから『ホンマに』しか言っとらんで」
「しゃーないやろ、ワイ、国語苦手やねん」
短く笑ってから、金太郎と蔵ノ介は連れ立って正門を出た。謙也となまえの姿は既になく、蔵ノ介は悟られない様に気をつけながらもほっとする。やっとの事で誤摩化せた金太郎の気持ちを、かき乱したくはなかった。
金太郎の調子は完全に元に戻り、あちらこちらに手を出しながら通学路を進んで行く。蔵ノ介は彼を注意しつつ、2、3歩後ろを着いて歩くのだった。
お題はコチラからお借りしました。→ afaik