忌々しいくらい眩しい貴方


「そんでなぁ、謙也ったらホンマに酷いねんで!……ってちょっと財前くん、聞いとる!?」
「……あーはいはい、聞いてますよ」
「せやったらその耳に付いとるイヤホンは何やって話やで!」

 うるさいなぁと思いながら、俺は電源の付いていない携帯音楽プレーヤーの音量を上げるフリをした。

 図書委員の当番が回ってきた時は、昼休みを返上して図書の事務を行う事になっている。幸い今日は利用者も無く、俺は静かに音楽を聴いて過ごすつもりだった。その予定が崩れたのは目の前にいる、テニス部の先輩の所為だ。(正確にはマネージャーやけど。)

「ってかみょうじ先輩、また謙也さんと喧嘩したんすか」
「毎度のごとくな」

 はぁ、とみょうじ先輩はわざとらしいため息を吐く。先輩と謙也さんの喧嘩、と言うより言い合いは最早テニス部の名物で、先輩もなんだかんだ言ってそこまで真剣に悩んでいないのだと思う。この人は愚痴りたいだけなんやろうな。問題はその相手がいつも俺って事やねんけど。

「で、今度は何が原因で?」
「謙也に、〝タイヤキを頭から食べるなんて、心ある人間のする事やない〟って言われてん」

 うちはタイヤキにちゅーしてから、あんこがいーっぱい詰まった所を食べるんが楽しみやのに! と続けるみょうじ先輩に、俺は呆れずにはいられなかった。嫌味な事したろ、と思って、先輩に負けない位大きな溜め息を吐いてから口を開く。

「馬鹿とちゃいますか?」
「馬鹿言うな、せめてアホや!」
「……ホンマもんっすわ、この人」

 もう一度溜め息を吐いて、俺は再度携帯音楽プレーヤーを弄った。もちろん、電源は未だ切れたままだ。本当はこれから気になって仕方がない事を聞く癖に、なんとも思っていないような演出だった。

「だいたい、なんでいつも俺なんすか?」
「何が?」
「愚痴るなら白石部長やとか、師範やとか、俺以外にもいくらでもおるのに。いちいち俺のとこに来てホンマ面倒や」
「だって財前くんが一番話しやすいねんもん。いっつも音楽聴いてて話半分やから、気軽に愚痴れるし」

 なんや、「そんなもん聞いとって、ホンマにうちの話聞いてるん!?」とか毎回言っておきながら、そっちの方がええんかい。俺はちょっと拍子抜けして、その感情の揺れを垂れ流さない様にと眉間に力を入れた。……本当は一度も聞き逃した事はないし、音楽プレーヤーもずっとオフのままだなんて、この人は知らない。先輩の声を聞きたいから音楽を切るやなんて、俺ホンマにキモいわ。

「……実を言うと、な」

 先輩の言葉に何も答えず窓の外を見る。お望みのようだから、音楽に集中しているフリをした。

「最近、ちょっと不安になってん。うちは謙也の彼女やのに、謙也はちーっともうちに優しないし……ホンマに好かれてるんかな」

 そんな事ない、と俺は心の中で呟く。アンタは更衣室で聞かされる謙也さんの惚気を知らないから言えるんや。
 でもそれ、利用させてもらうで。

「……ほんなら、俺にしときます?」
「え?」
「俺、みょうじ先輩の事好きっす」
「せ、せやかてうち、謙也と付き合うとるって」
「知ってますって、でも好かれとらんのやろ?……せやったら俺にしとけばええ」

 二人の間を沈黙が支配する。俺はここで初めて先輩にちゃんと目を向けた。カウンター越し、先輩の揺れる瞳は全力で〝戸惑い〟を表している。俺の事を〝愚痴を聞いてくれる、ただ可愛い後輩〟とでも思ってたんやろ。でもそれは間違いや。俺かて男やで。……アンタを好きな、一人の男や。
 遠くの方で野球部のかけ声が聞こえる。対照的に静かなこの図書室は、世界から取り残されたのかとすら錯覚してしまう。このまま先輩と二人、ホンマに世界から切り離せたらええのに。

 永遠とも思われる静寂を破って、先に口を開いたのはみょうじ先輩だった。

「えっと、ごめん。うち、やっぱり謙也の事が……!」
「……ぷっ」
「は!?」

 俯いて、辛そうに答える先輩が答えを言い切る前に、俺は噴き出した。それを合図に先輩は顔を上げ、間抜けな声を出す。俺はそのまま笑い続ける。俯くのは今度は俺の番だった。

「冗談っすわ」
「〜〜〜〜っ、財前くん!!」
「謙也さんなら毎日の様に部室で惚気てるんで、心配せぇへんでも大丈夫っす」

 俺は俯いたまま真実を告げる。すると一秒前の怒りはどこへやら、みょうじ先輩は心底安心したような声を振り絞った。

「ホンマに……?」
「ホンマに。分かったから早う仲直りして来てください。先輩の愚痴を毎回聞かされるの、心底ウザいんで」
「……ちょっと謙也のとこ行って来る!」

 先輩は俺の嫌味なんて聞いていなかったようで、慌てて立ち上がってあっと言う間に図書室を出て行ってしまった。残された俺はやっと顔を上げて、誰もいない図書室で自嘲するように笑う。結局世界から切り離されたのは俺一人だった。
 あーあ、俺何やっとるんやろ。あそこで謙也先輩の話したらあかんわ。振られそうやからって冗談にするんも格好悪いで。
……否、本当は告白した時の先輩の表情を見て悟ってしまったのだ。あぁ、俺では敵わへんのやって。俺の告白に戸惑う事はあっても、先輩の気持ちが揺らぐ様子はミジンコ程にも見られなかった。
……それにな、俺正直なところ、謙也さんの事が好きなみょうじ先輩が好きなんすわ。

『あんなぁ、今日謙也がな……――』

 いつもの先輩が脳裏によぎって、俺は思わず目を細める。愚痴の癖に妙に楽しそうな笑顔は、気が付けば俺の心の片隅を占領していた。謙也さんの話をする時のアンタは、忌々しいくらい眩しくて……俺がそんな表情をさせる事は出来へんのやろうなと、嫌でも思い知らされるんや。







お題はコチラからお借りしました。→ afaik

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