そしてふたりはいつまでもいつまでも、しあわせにくらしました。
吹き込む風にほんの少し雪の匂いが混じれば、それがアレンデールの短い秋の訪れだった。
アナは今日もまた城の中を走っていた。目指すは2階の奥にある一室だ。
「義兄さん!」
ノックもせずに扉を開け、中に入る。そこには赤と緑、それに黒で彩られた花婿衣装に身を包んだなまえがひとり、椅子に腰かけて本を読んでいた。
「……〝義兄さん〟と呼ぶには少し気が早過ぎるんじゃないか、アナ」
本を閉じ、なまえは眉間に何本も皺を寄せる。しかし髪の隙間から覗く耳が薄く染まっているのをアナは見逃さなかった。
「もう、細かい事は気にしないの!」
どうせあと1時間もすればそうなるんだから。と彼女は続けて、彼の腕を取る。そして強引に立たせると一緒に走り出したのだった。
城の中を駆け抜け、アナがなまえを案内した先はエルサの部屋だった。今度はちゃんと、リズムとつけて扉を叩くと、中から「どうぞ」とエルサの声がする。
「連れて来たわ」
アナは一言だけ姉に告げると、なまえを中に押し込んで扉を閉めた。
もつれかけた足をなんとか直しながら部屋に入る。すると彼の目に飛び込んだのは、色鮮やかな花嫁衣裳を着たエルサの姿だった。なまえは目を見開き、息を詰まらせる。彼の異変に気が付いたエルサは不安そうに顔を歪めた。
「似合わなかったかしら?」
「いや、……綺麗だ」
何と言うか、言葉が見付からなかった。と言われてしまえば、彼女の顔に化粧ではない赤みが差し、口角が勝手に上がってしまうのだった。
「……ありがとう」
少しでもなまえから隠れたくなって、エルサは彼に背を向ける。すると後ろから彼がこちらへ近付いてくる足音がした。
「ひとつ、謝らなければならない事がある」
そしてなまえはエルサは抱きすくめた。エルサよりも背の高い彼は少しだけかがみ、彼女の肩に顎を乗せる。
「何かしたの?」
意外にもエルサは冷静に囁き返した。いざこうしてなまえに包まれると、先刻までの恥ずかしさはどこかへ行き、安らかな気持ちになれるのだ。
「結婚する気はないと言う言葉を、嘘にしてしまった」
予想もしなかった事を言われてエルサは一瞬目を丸くした。けれど視界の端で彼の顔に喜色が表れているのを見て、やっと冗談だと理解し吹き出す。
「ふふ……だめ、許さない」
「え?」
「何か、私の喜ぶ事をしてくれたら、許してあげる」
参ったな、と小さく聞こえて、エルサは更にクスクスと笑い出した。本当はこんな事微塵も思っていないけれど、自分もさんざん彼に振り回されたのだ。少しぐらい意地悪をしても良い気がする。肩越しになまえが考えを巡らせているのが伝わる。彼が呼吸をする度に息が首筋に当たってくすぐったかった。まだかしら、と思っていると、突然なまえの両腕がエルサの腰まで下がる。そして次の瞬間、彼女は宙に浮いていた。
「きゃっ!?」
抱き上げられたかと思うとそのままグルリと回転させられる。瞬く間に2人は向かい合う形となった。巻き込まれた方の彼の腕はしっかりとエルサの腰を捕えたまま、もう片方の手はエルサの髪を撫で、耳を撫で、最後に彼女の手を取って甲に唇を寄せる。
「愛してる」
繋いだ方の手の指を絡めるとそのままひっぱり距離を縮める。そして彼女にキスの雨を降らせたのだった。
こうして、アレンデールは女王に求婚を申し込む手紙に悩まされる事はなくなった。同時に夜な夜な呪いの声を上げる幽霊の噂も、どこかに消えてしまったという事だ。