ふたりをみていたおひめさまは


 アナが城の中を歩いていると思いもよらないモノを目にした。中庭であの無愛想な賓客と、大人しいはずの姉が声を上げて笑っていたのだ。思わず見付からないよう、近くの柱の影に隠れる。数日前に自分と話した時はあんなに酷い態度だったのに……。おかげであの夜は夜通し姉に愚痴を聞かせ、次の日に寝坊までしてしまったのだ。全て彼の所為だと、アナは未だに根に持っている。
 姉は彼に騙されているのではないか? 一瞬、そんな考えが浮かんだ。けれどすぐに首を振る。アナが『出会ってすぐの男と結婚する』と言い出した時に猛反対した姉の事だ。そう易々と騙される事はないだろう。
 アナは改めて柱の陰から顔をのぞかせた。姉があんなに楽しそうしているのを見るのは初めてだ。

「あ、ねえちょっと!」

 近くを通りかかったメイドを呼び止める。彼女は毎日城の中を駆け回っているので2人の事も何か知っているはずだ。

「どうかされましたか、アナ王女?」

 しっ、と口に人差し指を当て、アナは彼女を柱の陰へ引きずりこんだ。そして同じようにエルサとなまえの方を盗み見るよう彼女を促す。

「あの2人って、いつの間に〝あんな事〟になっていたの?」
「なまえ様が来られてから、もうずっと。朝はあのように2人仲良く話しておられますよ」

 もう微笑ましくって……。顔に手を当て、とろけた表情で彼女は語った。幼い頃から仕えてくれていた彼女の事だから、アナとエルサを娘のように見ているのだろう。「ありがとう」とアナが告げると、彼女は何事もなかったかのように仕事に戻っていった。アナはそのまま柱にもたれて考える。どうやらあの2人の仲が進展しているのは本当のようだ。それならば…………ニヤリ。アナは何かを企むように口角を上げた。

「――エルサ! なまえ王子!!」

 そしてアナは努めて焦っているように見せがら2人の元へ駆け寄った。

「大変よ、大変な事に気が付いたわ!」
「どうしたのアナ? 何があったの?」

 妹の様子に気が付いたエルサも、彼女を受け止めるように数歩前に出る。その表情は困惑していて、本気で心配しているようだった。

「私達、お客様を全然もてなしていないわ!」
「え……?」

 どういう事だとエルサは首を傾げる。最初の晩餐ほどではないものの、食事も毎回きちんとした物を一緒に食べているし、部屋だって客室の中で最上級の物を与えているはずだ。現に今まで話していた張本人からは何の不満も聞いていない。

「城に閉じ込めてばかりで、町を案内してないもの。国民もみんな、彼がどんな人か気になっているはずよ。なまえ王子も城の中は窮屈でしょ?」
「俺は、そんな事は……」
「あるわよね! ほら姉さんも、今日は急ぎの仕事もないんでしょ?」
「ええ、でもまだ色々と……」
「たまには息抜きも必要よ!」

 会話をしながらもエルサとなまえを押し、アナは城の中を進む。有無も言わせない彼女の勢いに流され、気が付いた時2人は既に城門の前にいた。

「それじゃ、楽しんでねー!」

 城と町を繋ぐ橋の前まで追いやられる。抗議しようとした時には、アナは既に城の中へと消えていた。

「あ、ちょっと!」

 エルサが空中に手を伸ばすも、時すでに遅し。はあ、と大きく溜め息をついてなまえに向き直った。

「アナが勝手にごめんなさい」
「いや、俺も城の外が気になっていた」

 本当に? と尚も申し訳なさそうにするエルサに向かってなまえは頷く。そして先立って橋の向こう側へ歩を進めた。

「案内してくれないか、エルサ女王」
「……分かったわ」

 エルサも腹を決めて歩き始める。すぐに彼の横に並ぶと2人並んで橋を渡った。
 その様子を、アナは城の窓に張り付くようにして見守っていたのだった。

*****

 アレンデールの城下町は今日も賑わっていた。今朝採れたばかりの野菜が店頭に並び、主婦達が買い物をしたり道端で会議を開いたりしている。道の真ん中で追いかけっこをしている子供達もいた。そしてその誰もが、エルサを見た途端に一瞬だけ驚きすぐに頭を下げる。そして親しみを込めて「おはようございます、女王様」と言うのだった。アナと違って普段は町に出ない彼女だが、それでも国民に愛されているのは明白だった。

「ここが市場よ。城で使われる物のほとんどがこの辺りの店から運ばれるの」

 エルサの説明が終わると、なまえは店のひとつひとつを興味深そうに(とは言っても真顔に見えるのだが)見て回った。そして魚屋の前まで来るとその種類の多さに目を見張る。だがその表情も傍から見ると不機嫌そうに見えるので、店主が不安そうな視線をエルサに向けた。彼女は微笑みながら首を横に振り「心配ないわ」と言葉なく伝える。

「今夜は魚をご所望かしら?」
「いや、この国は北極に近いにも関わらず食材が豊富だと思ってな。我が国は海に面しているのにも関わらず、魚があまり出ないし、野菜も同じような物ばかりだ」
「あら、寒い所でしか育たない物もあるのよ。それに、足りない物は刺繍品の貿易でまかなっているの」
「ああ、この国の刺繍は素晴らしいと聞く」

 真面目な気質らしい2人の会話は、専ら互いの国の政治についてだった。他の国政を聞くのは随分と参考になる。なまえの知識は多岐に渡っていて、エルサはここ数日で感心するばかりだった。

「博識なのね」

 思わずそう呟くと彼の眉間から皺が一本消え(目を丸くしたつもりなのだろうか)、それから何故か自嘲気味に口角を上げるのだった。

「本を読む時間なら、十分過ぎる程あった」

 その顔の真意が気にならないと言ったら嘘になるが、エルサは何も言わない。
 しばらく道沿いに歩いていると、町の中心である広場についた。そこは広く開けており、中央には時計塔、そして周りを囲むようにして今度は洋菓子や装飾品など洒落た店が並んでいる。時計からちょうど、11時を知らせる鐘がなった、その時だった。どこかから鼻をくすぐる素敵な香りが漂ってきたのだ。エルサは思わず鼻をヒクヒクと動かし、思い切り息を吸い込んで匂いの正体を探る。彼女は気付いていなかったが、隣にいるなまえも全く同じ動きをしていた。
 この甘くて濃厚な、幸せにしてくれるような香りは……――

「「……チョコレートだ」」

 口をついた言葉が重なる。まさか、と思って隣を見ると、相手も同じ顔をしていた。今度こそ不機嫌そうな顔ではなく、切れ長の目がまんまると大きく開かれている。よほど驚いたらしい。

「……ぷ、」

 エルサは自覚するよりも先に吹き出していた。おかしくて堪らない、けれどあまり笑ってしまっては失礼だろう。と思えば思う程、笑いが込み上げてくる。彼が難しい顔をして、甘くてかわいらしいチョコレートを摘まんでいる姿は想像ができなかった。

「まさか、あなたまでチョコレートが好きだったなんて……!」
「…………チョコレートを嫌う者は、いないと思うのだが…」

 眉間の皺を増やした彼の耳は真っ赤に染まっていた。照れているのだろう。彼を知れば知る程、意外な一面にエルサは驚かされた。
 エルサはなんとか「そうね」と一言ひねり出し、そしてひとしきり笑った後に「こっちよ」と続ける。この広場には確か、町一番のチョコレート専門店があったはずだ。







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